
過日、広島郊外の地で「100円ショップ」の草分け的存在であるダイソーの矢野創業者が亡くなった。この怪物経営者とは不思議な思い出があり、今でも記憶に残っている。
出会ったのは、広島大学近くのとある倉庫置き場の片隅にあったダイソーの本社であった。
こちらは山口県の弱小地銀経営で四苦八苦、足かせとなっていた不良債権処理を急ぎながら、一方で前向きの施策を求めてベンチャー経営者発掘へ向け自分の足で歩きながら汗を流しているところであった。
お目にかかるや否や「私はこれまで夜逃げを2回もやりました。逃げるためにはこんながらんどうのような倉庫が一番ですわ」、いきなりこう切り出されて度肝を抜かれた。
がらんとした倉庫の一角で働いているのは、ほとんどが女性で、うずたかく積まれたこまごまとした商品の開発にせわしなく動きまわっていた。「細かいものを作り出すには、男よりも女のアイデアが大事ですわ」女性活用のヒントをもらったように思った。
昼時になり失礼しようとすると呼び止められ、「大橋さん、せっかくの出会いですから広大生がよく利用する寿司屋にでも行きましょう」と、こちらの乗ってきた車の助手席にちゃっかり便乗、小さな寿司屋さんに半ば強引に案内された。店に着くやいなや、年配のおかみさにおしぼりやお茶の出し方からきめ細かくアドバイス、「ここはウニやイクラなど高いもんはあまりないけど、イカやタコの味は間違いないですわ」と宣伝も忘れない。
そして、帰り際には「今回はいいお客さんを紹介したんでサービスしといてや」とにっこり。
ちゃっかりしているが、なぜか憎めなく、「会社はつぶれるもんですわ」「私は物事を悲観的にとらえ、自己否定することをモットーにしてます」「でも今回の100円ショップはきっとうまくいきます。そしていずれ100円ショップが合言葉になっていくように思います。
七転び八起き、チャレンジ精神はいつまでも忘れません」。
小太りの体格で浅黒い顔をほころばせながらニヤリとしていた当時を振り返り、その後の100円ショップの急速な普及を学生街の寿司屋とともに懐かしく思い出した。