
このところあまり食指が動く作品がなく、映画館から足が遠のいていたが、「役所広司がカンヌ映画祭で日本人としては19年ぶりの主演男優賞を獲得」との評を耳にし、いつものシネコンに足を運んだ。話題作とあってさすがに多くの観客が来ており、リモート環境での鑑賞はむつかしく、久しぶりにワイフと隣り合わせでとある週末を楽しんだ。
ストーリーは、渋谷にあるトイレの清掃員平山(役所広司)の一人暮らしの日常を描いたもので、セリフが極めて少なく、押上の安アパートで窓から差し込む朝日とともに起き、歯を磨き、ひげをそり、せんべい布団を丁寧にたたむところから始まる。自動販売機で缶コーヒーを買い、ライトバンを運転して好きな音楽を聴きながらいつもの職場である渋谷のトイレにたどり着く。ともかく本が好きで、夜眠りつくまで本を離さない。
こんな日常が繰り返される中で、妹の娘(平山の姪)が転がり込んできてじっくりと相談に乗ってやったり、毎週のように通い続ける歌のうまい飲み屋のおかみさん(石川さゆり)とのさりげない触れ合いが5年も続いており、ちょっとした心の癒しになっている。
ある日のこと、このおかみさんの店に元夫であるイケメン中年(三浦友和)が訪ねてくる。
しかし彼は末期がんに侵されており、平山の気持ちを察して「別れのあいさつに来たもので、平山さんが元妻と添い遂げてやってほしい」と懇願する。二人は気心が通じ、昔遊んだ「影絵踏みごっこ」でしばし時間を費やす。
周りの人から頼りにされ、心の安らぎを求める平山は車のハンドルを握りながら幸せに包まれる日常に涙を流しつつも頬が緩んでくるところで静かにラストシーンを迎える。
平山を取り巻く様々な出来事はまるで風のようにこの男の日々を揺らし、柔らかな「こもれ日」を浴びながら光と影の踊りを生んでいく姿は限りなく幻想的で美しい。
役所をはじめ日本人の役者ばかりだが、監督はドイツの巨匠ヴィム・ベンダースで、あの歴史的超ロングラン作品「ベルリン・天使の詩」でメガホンをとり、カンヌ映画祭をはじめ世界の映画賞を総なめしたことでも名高い。若い頃に足を運んだが、作品の奥深さが今一つ理解できず消化不良の感が残った苦い思い出がある。
どこまでも詩的で美しい今回のこの作品は、各国で「日本古来のZEN MOVIE」と激賞され、米国アカデミー賞の呼び声が高く、すでに86か国での上映が決まっているという。