
千葉県には有名な京成バラ園があり、数年前足を運んだことがある。
盛りを過ぎていたため、花はいまいちであったが、ガイドさんの丁寧な説明で多くのことを学び、広い敷地では小学生のミニコンサートにも出くわすなどして、楽しいひと時を過ごした。
この京成バラ園に比べると少し小ぶりであるが、やはり同じ県内に谷津バラ園があり、今年はタイミングを失さないように事前に情報を集め前回よりは早めに出かけた。
習志野都市公園に隣接した12千㎡の敷地に800種類、7500本の薔薇(ちなみに京成バラ園は30千㎡、1600種、1万本)がまさしく今を盛りと咲き乱れており、週末もあってか多くの人が所狭しと集い、カメラやスマホ、Ipadなどに色とりどりのバラを撮り収めていた。
昭和32年、当時としては東洋最大のバラ園として谷津遊園地の一施設としてオープンしたが、その後京葉道路開通により移転、昭和57年には谷津遊園の閉園に伴いバラ園も閉鎖、今の習志野市の都市公園として再開したのは昭和63年のとのことである。
バラはともかく品種が多く、立て看板も半端じゃない。
日本の皇室、世界の王室コーナーでは、イギリスやフランスはもちろんデンマークの王室コーナーなどもあり、それぞれなじみのある皇族、王族名を冠したバラが競うように咲き誇っていた。
都市公園の一角には「読売巨人軍発祥の地」の石碑があり、もう一つの顔となっている。昭和9年4月正力松太郎氏がベーブルースやルーゲーリックといったメジャー球界きっての一流選手を招請、日本側は東京六大学野球の名選手中心で全日本チームを編成し、メジャーの指導を直に受けたという。
これを母体として日本初のプロ野球チーム東京巨人軍(のちの読売巨人軍)がこの谷津の地で誕生したとのことであるが、このエピソードはあまり知られておらず、小ぶりな石碑もバラ園脇にひっそりとたたずんでいた。