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花の38年組

投稿日:2023年12月25日

日銀時代の先輩にはいろんなところで様々な形でお世話になった。

特に4年先輩の昭和38年組の方々には、「最若手の本店勤務先輩」ということもあり、新人研修中の42年組の我々は、配属先人事部研修課の肝いりもあって、「年次対抗ソフトボール戦」が企画され、当時練馬区石神井にあったグラウンドで汗を流すとともに支店暮らしのあれこれについてうかがう場が設けられたことがある。

その後。この年次の先輩たちは各セクションで素晴らしい活躍をされ、せいぜい同期で1人の理事(役員ポスト)が誕生すればいいとされる中で、3人もの理事を輩出、「花の38組」と称され、その先輩たちの背中を見せていただきながら「陰に陽に」薫陶を受けるところとなった。

ただ、この「3理事」のその後のあゆみをみると明暗悲喜こもごも様々な人生模様についてしみじみ感じさせられた。垣間見たところや不思議な縁(えにし)を振り返りつつご紹介したい(現存される方々もあるので、イニシアルでのご紹介をお許しいただきたい)。

H理事・・・冷静沈着かつ笑顔を絶やさない温和な素晴らしい人柄で、先輩はもちろん後輩の信望も極めて篤く、若いころから「総裁の器」と目されていた。ただ、民間金融機関の経営に乗り出されてから、いわゆる「物言う株主」から経営に逐一注文を付けられるなどご苦労が多く、とある日の朝、衝動的に自ら命を絶たれた。同じ社宅住まいの頃もあり奥様も存じ上げていたので、参宮橋のご自宅まで焼香に伺ったが、「一人息子や孫の世話にかかりきりになり、もう少し主人のことを気にかけてやれなかったのが悔やまれる」と遺された日記を手に話されたのが痛々しかった。当時の生え抜きF総裁は、その日の証券界の年次大会での祝辞に際して「今日は悲しい出来事があり、話がうまくできないかもしれないがお許しいただきたい」と心情を吐露されていた。また、同期生であったA理事(後述)の回顧録(某紙の「私の履歴書」欄)でも「同期の間でも早くからエースと目されていた親友H君の早世が悔やまれてならない」との一文が新人時代のスナップ写真(Hさんの初任地がAさんの故郷福島ということもあり、ご家族一緒の貴重な一葉)ともども紹介されていた。

K理事・・・小生の初任地・下関支店で、入れ替わりとなり、くしくも最初の支店長(釧路支店)でも入れ替わりとなるなど、不思議な縁(えにし)を感じた方である。国際畑で語学力とフットワークの良さを生かしてエリート街道を歩まれた人で、時の総裁に同窓(一橋大卒)かつ同じ国際畑ということもあり、「格別の可愛がられかた」をされたが、それがかえってあだとなり、とある日に国会対応で疲労困憊の総裁の麒麟に触れ、あまりのショックにそのまま自ら命を絶たれるところとなった。ただ、小生が釧路支店長時代に職場での「社員旅行積立金」の盗難事件が起こり、犯人が先輩支店長の専属運転手だったことから、支店長会議で上京時に当時秘書役であったこの先輩から「本人から哀願レターが来た。何とか穏便に済ませられないか?」と要請されたが、「事が事だけに懲戒解雇はやむをえません。ただ、罪は憎むが人は憎めません。運転技術を生かした転職先探しには尽力します」と申しあげたことがある。

A理事・・・「花の38組」の中では、いろいろなところで接点があり、「最も印象に残る」先輩である。この先輩の新人時代、「同期仲間と違って松江支店の発券課で、連日、札勘(さつかん、銀行券の枚数数え)ばかりさせられいやになった」とこぼされ、次の転勤が名古屋支店で「途中下車組」と仲間から揶揄され、「退職覚悟で職場を無断欠勤、同じ東北大の先輩のところに駆け込んだ。母親からは同期のビリでもいい、まだ日銀生活がスタートしたばかり。早まるなとたしなめられた」という苦い思い出をなまなましく語られた。しかし、この名古屋時代に支店長に恵まれ、トヨタ自動車の実態調査などで力を発揮、憧れの本店営業局に舞い戻れたという。そのころ同じ営業局証券課でじかに薫陶を受け、黎明期の公社債市場や債券市況の見方についてバイブルと目された「公社債市場のすべて」なる手引書を読むよう勧められ、むさぼるように読んだ覚えがある。その後、小生は人事部長ににらまれ神戸支店に文字通り「飛ばされた」が、その折には「俺も退職しようか悩んだ。若い頃にはいろんなことがある。黙って行け」とげきを飛ばされた。ただ、第二の人生で地銀経営を卒業した折には「ご苦労さん」との一報もいただいた。粘り強い努力家で、東北弁を駆使しながらいろいろなところでたくましく行動されるが、あくの強さや指導の厳しさから、必ずしも後輩の人気はいまひとつの感があった。一方、時の実力者への貢献は目覚ましく、次第に存在感を高め役員ポストまで昇られた。退職後も、コンビニ業界の実力者に認められATM戦略で手腕を発揮、老境の今も私大経営に尽力しておられるのはさすがである。

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