
江上剛という作家の本である。
サラリーマンの分岐点というサブタイトルがついている。さほど有名ではないが、以前か
ら少し気になっていた作家なので、初めて手にした。
1954年兵庫県生まれで、早稲田大学卒業後第一勧銀に入り、順調に支店長まで勤め、50歳を目前にして突然作家に転身した。
なぜ作家に転身してすぐにそれなりの作品が書けたのか?
この本を読んでみて分かった。
銀行員として、人事や広報といったいわゆる花形ポストを歩むが、そこでの体験が彼の人
生選択に大きく影響しているようだ。
第一勧銀では、かつて世間を騒がせた「総会屋事件と宮崎実力相談役の責任を痛感した自
殺」というショッキングな出来事があった。
彼は広報担当でその事件の渦中にあり、「尊敬する佐賀人宮崎さんの死」に深く傷つく。
その後、第一勧銀は富士、興銀と合併し今のみずほ銀行が誕生するが、なぜか支店長に転
出を余儀なくされる。
サラリーマンならではの悩み、壁にぶち当たる。
妻に相談する。「あなたの人生だから。応援はするわよ」との声に励まされる。よくある
パターンだ。
そこで一つ驚いたのが、「なぜすぐに物書きになれたのか?」である。
本が好きで、学生時代にあの井伏鱒二さんにあこがれ、門をたたいている。
書いたものを読んでもらうとOKが出たという。ここらが並みのサラリーマンと違う。
作家やコメンテーターとしての仕事も順調だったが、ある日知人の朝日記者から「日本振
興銀行を立ち上げた木村剛さん(当時花形の金融界エリート)のビジネスをサポートして
やってくれないか」との話が舞い込む。
中小零細企業救済のお役に立てばとの思いから、反対意見もあったが社外取締役として経
営陣に加わる。
この間、同じ役員仲間で最も頼りにしていた弁護士の自殺もあり、アゲインストの風はさ
らに強まる。
最後は木村氏の後の社長ポストを引き受けるが思うに任せず、経営責任を問われ私財没収
の憂き目にあう。
最後のくだりで、著者は「こうやってつらつら思い出を書くと、ひどい人生だ、しくじり
人生だと思うだろう。
でも私が得た結論は人生に無駄なし。
できればトラブルに巻き込まれない方が幸せだが、巻き込まれた以上はそれを受け止めて
誠実に対処するしかない。失ったものはあるが、それ以上に得たものも多い。
人生はマラソンに似ているゴール(死)を目指して頑張るしかない」とくくっている。
私生活でも、早くして兄姉を失い、年老いたご両親を末弟の彼が看取るなど、なかなか波
乱万丈であるが、筆力も加わり、結構な読み物となっている。関心のある方にはお勧めし
たい隠れた好著である。