
プロ野球界にあって、これほど「ぶっきらぼうで嫌われた監督はいない」と広く伝わる、落合博満の500ページを超える超大作ベストセラー作品(日刊スポーツ記者鈴木忠平著、文芸春秋出版)をゆっくりと読み始めた。
数多のファンに取り囲まれたあの長嶋茂雄や王貞治、星野仙一と両極にあり、どちらかといえば稀代のボヤキ屋野村克也と双璧の「月見草」の似合う「へそ曲がり」の逸材である。よくしたもので、落合と野村はともに三冠王打者であり、現役時代はもちろん、監督や私生活面でも無類の愛妻家(恐妻家?)で一人息子を溺愛するという共通点もあってか、お互いに深く共感しあっており、野球好きならもろもろのエピソードも含め、知らない人はほとんどいないほどのスターでもある。
副題に「落合博満は中日をどう変えたのか」と刺激的なコメントがあり、8年間の監督在任中に弱小のセリーグお荷物球団を4度のリーグ優勝と一度の日本一に、さらに監督退任通告後の最終年に見事リーグ優勝を成し遂げた。胴上げ後の記者会見で、丸坊主の無骨監督が選手への感謝の言葉を繰り返しつつ、あふれる涙をハンカチで何度も拭う場面を覚えている人も少なくないように思う。
選手が倒れる寸前までハードなノックを繰り返す鬼監督ぶりはつとに名高く、その一方で説明や口数が少なくマスコミ不人気でも有名であった。尊大な態度と地味で不可解な采配ぶりから誤解されることも少なくなく「ゲームの主役はプレーする選手で、監督はあくまで脇役。時折見せた不可解な采配ぶりについてとやかく言われるが、今はわからなくていい。
評価が下されるのは死んでからになるかもしれないが、それでもいい」と繰り返していたので、マスコミには不人気になってしまう。
この本でも、彼の指揮下にあって様変わりに成長していく選手の変貌ぶりを、心の揺らぎやためらいも取り混ぜつつ克明に紹介しており、具体的には以下の12選手・スカウトマン・球団幹部等チームの内外で彼を理解し下支えするスタッフたちを就任の2004年からユニフォームを脱ぐ2011年までの8年間にわたって仔細に書き綴っている。
著者の筆力もあって「ぐいぐいと引っ張り込むように読み進ませるところが多く、大部の作品ながら時間の経つのを忘れさせてくれる感動の一品」となっている。野球に興味のない人にも、「指揮官とはいかにあるべきか?」について、苦悩の中での不屈の闘いや大いなる喜びを感じさせてくれる異色のリーダー像が描かれており、幅広く一読をお勧めしたい。
2004年 川崎憲次郎・・・スポットライト
2005年 森野将彦・・・奪うか、奪われるか
2006年 福留孝介・・・二つの涙
2007年 宇野勝・・・ロマンか勝利か
岡本真也・・・味方なき決断
2008年 中田宗男・・・時代の逆風
2009年 吉見一起・・・エースの条件
2010年 和田一浩・・・逃げ場のない地獄
2011年 小林正人・・・「2」というカード
井出俊・・・グラウンド外の戦い
トニ・ブランコ・・・真の渇望
新木雅博・・・内面に生まれたもの
筆者は、冒頭プロローグ「始まりの朝」の中で「落合を取材していた時間は野球がただ野球ではなかったように思う。勝敗とは別のところで、野球というゲームの中に、人間とは?組織とは?個人とは?という問いかけがあった」と赤裸々に心情を吐露している。
また、ラストのエピローグ「清冽な青」では、去り行く指揮官は「八年間ありがとう。お前ら大したもんだ」といい、その眼には光るものがあった。失神するほどノックを浴びた森野は目を真っ赤にしていた。日本一と完全試合をかけた最も過酷なマウンドの「最終回」に送り出された稀代のストッパー岩瀬は、真一文字に結んだ唇を震わせていた。日本一の座をすんでのところで失った福岡ドーム球場にあって、誰一人としてその場を去ろうとはしなかった。
このチームはいつからこれほど熱いものを内包するようになったのか。筆者は「ドラゴンズのトレードマークを彷彿とさせる清冽な青い空」を見上げながら、わがことのように心躍らせ回想する。
さらに筆者は、あとがきで、文芸春秋社「週刊文春」加藤編集長から「落合さんを書いてみないか?」と投げかけられ、自問自答を繰り返し躊躇するが、数日後「タイトルは『嫌われた監督』でどうか?」と聞かれ、本当は死ぬ間際になって書こうと思っていたプロ野球界屈指のリーダー落合像であっただけに「なぜ今ここで落合を書くのか?ようやく腑に落ちた」と振り返る。
2020年初夏から「文春」での連載が始まり、翌21年夏には本書が生まれたという。
異色のリーダー像を描いたこの名著は、わずか半年で書店の平場を埋め、すでに第7刷超のベストセラー街道をひた走っている。