
1年余り前、学生時代から最も親しかったI君が肺がんで亡くなった。
タバコが手放せなく、一度禁煙に挑戦したが、ニコチン煙の誘惑には勝てず、晩年はヘビースモーカーどころかチェーンスモーカーも顔負けなくらい喫煙にのめりこんでいた。
一昨年秋に、「肺がんで余命1年、桜のころまでもてばいいが・・・」との主治医の厳しい宣告を受けてから、毎月のように病状報告を直接聞いていたが、肝心のこちらが昨年4月くも膜下出血で緊急手術、その後しばらく入院、リハビリのやむなきに至り、彼からの「月次病状報告」もままならず、こちらが退院するころには遠く帰らぬ人となっていた。
I君は富山生まれの朴訥な秀才で、金沢の付属高校からストレートで京都大学経済学部に合格、同じ大学のゼミ仲間で最も親しい友人中の友人であった。こちらは、父親の勤務先の舎宅の関係で、大学の近くに住んでいたこともあり、富山出身の下宿生であった彼は、頻繁に我が家に顔を出し、小生の家族からはその朴訥・誠実な人柄がいたく気に入られ、実の息子以上のかわいがられようであった。ある日のこと、彼が大きなケーキを抱えて我が家にやってきた。「バイト先のケーキ屋で自分が焼いたデコレーションケーキだが、見た目がいまいちで、とても売りには出せないと店主から言われた。味は悪くないのでもらってくれないか?」とのことであった。両親と兄弟で喜んで賞味させていただいたところ、これが甘みを抑えた優れもので、我が家では後々「I君の手作りケーキ」として長く語り継がれるところとなった。
彼との親交は社会人になってからも長く続き、お互いに金融界に進み、こちらは日銀、彼は三井住友銀行で腕を磨きあい、最晩年には小生が立ち上げた「ベンチャー企業サポート事業」にも敏腕顧問として陰に陽に大活躍してもらった。
お互いに囲碁が生涯共通の趣味で、「白を持ったり黒を持ったり」しながら、余生を楽しんでいた。
彼の訃報に接するのが遅れたため、後日奥方に「こちらも病の床にあり、葬儀にも参列できず、申し訳ありませんでした。せめてお線香をあげさせていただければ・・・」と懇願したが、いまだ実現できないでいるのが唯一の心残りである。折を見て、彼がこよなく愛し今や静かに眠っている、ふるさと富山の地に墓参に伺えればと心待ちしている今日この頃である。