
半世紀前の昭和45年、社会人になりたての頃の思い出である。
同じ社宅に住む3人の先輩から「東大ボート部の練習所でもある戸田川の河原コースで夏場だけ早朝ゴルフが超割安でできるようになった。君はスポーツマンだがまだ車の免許がないから3人が交代で運転するので仲間に入らないか?」と誘われた。薄給の身で新婚早々のワイフに恐る恐る相談したところ、育児協力を条件に何とか許しが出た。都内新宿区の落合にあった木造集合社宅(9所帯)の名前を冠した「落合早朝ゴルフ」が、こうしてスタートした。
3時起床、出勤前の1時間、1千円でのラウンド(週一)であった。発起人は5年先輩の篠塚さんとNさん、そして3年先輩のIさんも加わった4人で、それぞれ総務部や外国局の中枢で活躍中の切れ者で、当時支店暮らしを終え、営業局の駆け出し新米行員として金融・証券市場調査に汗を流していたという仕事つながりもあり、行き帰りの車中では金融政策や海外情勢、為替相場(ニクソンショック、変動相場移行)などについて何かと教わることが多かった。
当時刊行されていた行内報の『にちぎんニュース』(週報)では、「落合集合社宅の3時起き河原ゴルフメンバー」として紹介され冷やかされたりした。この時の先輩との交流は公私にわたり長く続き、OB会等での近況報告はもちろん、時には絵画展のお誘いなども受けたりした。
ただ、先日尊敬する最年長の篠塚先輩が老衰のため87歳の生涯を終えられたとの訃報が入ってきた。気配りを怠らない誠実な人柄で、同期はもちろん後輩からも慕われ、先立たれた奥様(元東大教授)の下へ旅立たれたのが残念でならない。温厚な人柄もあって人事畑が長く、人事部長を終えて建築設計会社で活躍された後、晩年は慈善活動にも意を砕かれ、「原田積善会」という慈善団体の理事長として社会貢献活動をしつつ生涯を終えられた。
端正で細身の美しいフォームで鍛えられたゴルフの腕前もなかなかのもので、落合仲間4人の集いではいつも師範格であった。