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出来事

スポーツマンだった「弟」

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年が明けて間もないころ、愛する弟が73歳でスポーツマン人生の幕を閉じた。
5年前から肺がんを患い、免疫療法や放射線治療等が功を奏し一時復帰して仕事も再開し
ていたが、やはりがん細胞との闘いに勝てず、静かに息を引き取った。3人姉弟だったが
36年前に姉を失い、結局一人になってしまった。
三つ違いの弟は、どちらかというと小柄で、小学校の頃は前から三番目が定席であった。
すこぶる敏捷で、運動会での徒競走は断トツの一番、前の組のしんがり君を抜かしてしま
い、一等賞の旗がもらえず、親たちがクレームに乗り出すという場面もあった。
機械いじりが好きで、まだテレビがない時代にラジオを分解しては組み立てなおすのが得
意だった。
いたずらっ子で敏捷なところが祖父の目に留まり、両親とも相談、「背が伸びるかもしれ
ない」ということで中学生のころからバスケットボール部に入り本格的に部活を始めた。
背丈は伸びなかったが、敏捷さとジャンプ力でめきめき頭角を現し、高校時代はキャプテ
ンとしてインターハイや国体で優勝、海外遠征でもポイントゲッターとして活躍した。
その敏捷さが群を抜き、「バスケ界では最も小さな名選手」とテレビで紹介されたことも
ある。
大学、社会人でも大活躍、熊谷組では現役はもちろんOB選手としても実業団リーグのちび
っこ選手として名をはせた。
友達付き合いを大切にし、高校時代の野球、陸上、バスケの運動好き3人と「三友(遊)
会」を結成、家族ぐるみで旅行したりして長く続いていたが、早逝するものもいたりして
今となっては1人しか残っていない。
また動物好きも「半端なく」、自宅には猫4匹と犬1匹を飼っている。
スポーツ好きはバスケにとどまらず、近くのテニスコートでも仲間ができ、土曜日は必ず
こうした仲間たちとテニスで汗を流していたようで、赤銅色の顔が今となっては懐かしい

大勢でわいわい騒ぐのが大好きで、酒もめっぽう強く、たばこも生涯手放せなかったが、
やはりこれが病の遠因になったのかもしれない。
亡くなった直後、学生時代から彼のバスケファンで長年連れ添っていつも車の運転役(本
人は生涯助手席)をしてた奥さんが「ちょっと早かったわね。タバコが手放せなかったか
らね・・・」とぽつり漏らしたのが心に刺さる。
(追記)
家族関係のことをこのブログに載せるかどうか?かなり迷い、周囲には反対意見もあった
が、しばらく時間もたち何らかの形で記録にとどめておくのも大切かと思い、このように
書き遺した。

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