
小田貴月(たか)の手になる追悼本を読んだ。
多くのファンから惜しまれつつ役者人生を終えた高倉健(本名小田剛一)について本コラムでも雑文を載せたことがある。この度、死して5年「人知れず暮らした17年の日々。孤高の映画俳優が最後に愛した女性による初めての手記」であり、「彼からのリクエストはたった一つ『化粧をしないでください』だった」と控えめに語る養女(56歳、実質的には愛人)の追悼文集である。
彼のファンは、その人柄や作品もあって幅広く、女性はもとより、男性からも愛された。
俳優仲間はもちろん、監督、カメラマン、裏方など多岐にわたり多くの追悼文が寄せられたので、素顔やエピソードについて知っている人も少なくないと思う。
著者は女優を経て、海外ホテル紹介番組のデイレクター、プロデユーサーを経験しているというから、筆力もなかなかのもので、以下の章に分けて、想い出の数々を書き綴っているが、さらりとしたなかに巧まざる愛がちりばめられており、心を揺さぶられながら一気に読み終えた。
序章 僕のこと書き遺してね・・・高倉健からの宿題
第一章 高倉健への旅のはじまり・・・伴奏者への覚悟
第二章 時を綯(な)う・・・寄り添った日々
第三章 言葉の森・・・作品、共演者、監督のこと
第四章 TAKAKURA’S FAVORITE MOVIES・・・ローマの休日、ゴッドファーザー、ショーシャンクの空に等々
樹影澹・・・あとがきにかえて
数多くの作品にまつわるエピソードのほか、監督とのやりとり、趣味、嗜好(タバコはやらず無類のコーヒー党)、さらには愛妻江利チエミとの結婚、離婚、死別などにも触れられており、晩年の比叡山高僧阿闍梨師との交流もなかなか深いものがある。
著者は、17年前の香港での出会いから死の間際まで献身的に半生を寄り添ったが、没後数週間もの長きにわたり逝去の事実をマスコミに一切伏せ、一部心ない週刊誌でその謎めいた死とともに相続問題をめぐる肉親(妹)との確執報道も流布されるなど、トップスターにまとわりがちなスキャンダルにも見舞われた。
あとがきでは、「晴れた日の夕暮れに自宅の室内に柔らかに差し込んでくる陽は、白壁をたおやかな黄金色に染めました。高倉はその陽の中で、葉影が風にそよぐ様子に何か想を重ね合わせるように穏やかな眼差しで佇んでいました。束の間に消えゆくその様は私には影向のように思え、高倉の心をそっと温めてくれるひとときへの感謝を込めて「樹影澹(風や波によってゆったりと動くさま)と名付けました」と括っており、そのひたむきで深い秘められた愛の姿が胸を打つ。